認知症などにより判断能力が低下した相続人がいる場合、遺産分割協議がスムーズに進まないことが懸念されます。特に、相続人が認知症だとなぜ遺産分割協議は無効になるのか、成年後見制度の活用にデメリットはないのかなど、問題点と解決策を明確にできずお困りの方は少なくありません。
ここでは、認知症の相続人がいる場合の遺産分割協議の注意点と生前対策について説明していきます。
認知症の相続人がいる遺産分割協議は成立しない
相続人の中に認知症の人がいる場合、そのまま遺産分割協議を実行しても法的な効力を持ちません。具体的な理由を確認していきましょう。
認知症の相続人の「意思表示能力の欠如」
民法上、遺産分割協議は「全員の有効な合意」をもって成立するとされています。したがって、認知症の相続人の判断能力が著しく低下しており、遺産分割協議書に署名できない状態では協議無効となります。
これにより、不動産登記ができなかったり預金解約の凍結解除ができなかったり、相続税の申告が遅延することもあります。
認知症の相続人の「代筆・押印は犯罪行為」
認知症の相続人の代わりに署名したり押印したりする行為は、有印私文書偽造罪・私印偽造罪に該当します。後で発覚すれば、遺産分割協議のやり直しはもちろん、最悪の場合では刑事告発の恐れも否定できません。
認知症の相続人の「相続放棄は不可」
相続放棄は本人の意思表示行為です。したがって、認知症の相続人が単独で手続きすることはできず、仮に手続きしても不成立とされます。
このような状態を放置しておいた場合、認知症の相続人が法定相続分として多額の負債を承継してしまうリスクがあります。
認知症の相続人に成年後見制度を利用するデメリット
認知症の人に変わって法律行為を行う際、成年後見制度を利用することがあります。しかし、相続においては、成年後見制度を利用することがデメリットになる可能性も否定できません。
認知症の相続人の親族は後見人に選任されにくい
裁判所は中立性を優先することから、親族よりも法律の専門職を後見人に選任する傾向があります。また、後見人を選任した場合、月額報酬として2〜3万円を支払うことになるでしょう。
認知症の相続人がいることで財産凍結期間が長期化しやすい
後見人選任申立から選任決定までにかかる平均期間は2〜3か月とされています。後見人が選任されるまでは預金払戻しができませんので、結果的にその間の口座凍結解除は困難となります。口座が凍結されていることから、被相続人の医療費や施設費の精算はいったん立替えする必要があるでしょう。
認知症の相続人がいることで柔軟な財産分割案が通りにくい
認知症の相続人の後見人は、被後見人の利益を最優先するのが大きな仕事の1つです。節税や他相続人の希望を踏まえた財産分割案よりも、後見人は公平性を重視しますので、たとえば不動産売却や代償分割が制限されるケースが出てくるかもしれません。
相続手続き終了後も後見業務が継続することがある
相続手続き完了後も、遺産管理や清算業務により認知症の相続人に監督が続くことがあります。この場合、追加報酬と報告義務が発生しますので注意しましょう。
成年後見人の選任手続きの流れ
認知症の相続人がいる場合、相続手続きという法律行為が必要であることから、成年後見人を選任する必要があります。ここでは、成年後見人の選任申立てについて概略を整理していきます。
【1】医師の診断書で判断能力を正式確認
相続人の認知機能を判断するために、医師の診察を受けて診断書を作成してもらいます。特に、 「部分的な判断能力低下」や「遺産分割協議直前に症状悪化」など、グレーゾーンと思われる場合は専門医の診断が欠かせません。
【2】家庭裁判所へ成年後見開始申立て
申立書や収支予定表、親族関係図など必要書類を家庭裁判所に提出し、成年後見の申立てを行います。本人の医師の診断書を用意しない場合は、代わりに身上書を作成し、本人の状態について詳細に記載して提出するといいでしょう。
【3】特別代理人の選任(利益相反がある場合)
「後見人と被後見人が利益相反の関係にある場合」は、特別代理人を選任します。「利益相反」とは「一方の利益になることが他方の不利益になり得る状態」を指しており、後見制度でいえば「親が被後見人で長男を後見人とした場合」などがこれに当たります。
特別代理人は特定の法的手続きに限り有効な代理人であるため、相続手続きが終了すればその任を解かれます(後見人は被後見人の症状が回復するまで後見業務を行います)。
【4】後見人または特別代理人が遺産分割協議書を作成
認知症の相続人がいるばあい、状況に応じて後見人または特別代理人が遺産分割協議に参加し、遺産分割協議書に署名します。
遺産に不動産が含まれていた場合は、登記手続きの際に後見登記事項証明書を添付して法務局に提出しましょう。金融機関に対しては、所定の後見届出や払戻依頼書を提出する必要があります。
相続人が「認知機能低下前に備えておくべき生前対策」
認知症になってしまうと、他相続人を巻き込んで後見人選任手続きを行ったり相続手続きに時間と手間がかかったりしてしまいがちです。元気なうちに生前対策を行い、自分自身の将来に備えましょう。
具体的には、以下のような対策が考えられます。
公正証書遺言
公正証書として遺言書を作成することも方法の1つです。公証人が関与することで、書式の間違いや紛失を防ぐことができますし、遺産分割協議が不要になったり検認が不要になったりと、相続手続きがスムーズに進むことが期待されます。
遺言書の作成は、認知症発症後では対応できませんので、元気なうちに取り組んでおくことが大切です。
家族信託(民事信託)
家族信託の仕組みを利用して、財産の承継先を指定しておくことができます。
財産のうち信託財産に指定されたものは相続財産から除外されますので、万が一の遺産分割協議の対象になりません。したがって、委託者である本人が希望する財産を希望する人物に承継させることができます。
任意後見契約と死後事務委任契約の併用
将来を見据えて、後見人と死後事務の受任者を確保しておき、任意後見契約と死後事務委任契約の手続きを済ませてしまうのも1つの方法です。契約書作成費用や公正証書作成費用などがかかりますが、将来の安心を用意するための経費として考えてみるのもいいでしょう。
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計画的な生前贈与の実施
綿密な計画のもとに、時間をかけて生前贈与を行うことで、特定の人物への財産承継を可能にすることができます。
ただし、贈与税や贈与された財産の持ち戻し規定には十分注意しましょう。できるだけ専門家に相談しながら、適切な方法を見つけ出すことが大切です。
まとめ
認知症の配偶者や親族が相続人となるケースでは、遺産分割協議への参加方法が大きな課題になります。任意後見契約はあらかじめ契約書に「遺産分割協議への代理権」を明記すれば、将来受任者(任意後見人)が本人に代わって協議に参加できます。ただし、契約書にその条項がなければ、成年後見制度を利用せざるを得ない可能性があります。
遺言書や後見契約公正証書の作成時に将来の相続を考慮しておくと、認知症による判断能力低下があっても、遺産分割協議をスムーズに行い本人の権利を守りやすくなるでしょう。
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